高名な先人はこう言った。「人間は考える葦である」と。そうだ。余計なことまで考えてしまう。

そんなわたし達に、先人はこうも言う。



わかっているけど、なかなかそううまくはいかない。

人は誰しも多かれ少なかれ思い、悩み、足を止めてしまう。

 

昨日5月1日、人気FMラジオ番組「未来の鍵を握る学校 SCHOOL OF LOCK! 」に竹原ピストルが出演した。

所要あり帰宅し、ラジオを付けたところ、思いがけず声を聴いた。

今回は、心を惹きつけて止まないと話題の竹原ピストルの魅力について考えてみる。

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竹原ピストルの略歴

1976年12月27日生まれ。現在40才。本名竹原和生。千葉県出身。千葉県内の高校を卒業後、ボクシングの腕を買われ北海道道都大学へ。同大学福祉学部を卒業後、野狐禅を結成。メジャーデビュー。結成から10年後の2009年野狐禅を解散し、ソロミュージシャンとなる。俳優として「青春☆金属バット」などの映画にも出演。

詳細はオフィシャルホームページを参照。


竹原ピストルの魅力は詞?歌唱力?

竹原ピストルの歌は、多くの人を惹きつける。

その魅力は「独創的な詞の世界と歌唱力が素晴らしいミュージシャン」、「圧倒的」などと評される。

確かに、そう。わたしもうなずける。

ただ、どこか腑に落ちない。この表現では何かがたりない。そう感じるのだ。

例えば、BOYに収録される中島みゆきの名曲「ファイト」のカバー。



これは竹原ピストル自身の詞でも曲でもない。

ただ、中島みゆき本人が歌う歌と同等に、いやそれを上回って訴えかけてくる。

竹原ピストルにしか書けない「独創的な詩」、これは間違いなく特徴だ。ただ、これが心をつかむ本質ではない。

カバー曲でも竹原ピストルの世界に引き込まれるのだから。

また、竹原ピストル自身、「俺のアディダス~人としての志~」について「これを作ってから、俺も慌ててアディダスの靴を買いました(笑)」と言い、詞そのものには少なからず創作的な部分もある。

だとしたら、魅力の本質は歌唱力か。という考えに行きつく。が、歌唱力の高い歌手なんて世の中にごまんといる。

「歌唱力の高さ」これが竹原ピストルを特別と感じさせるわけではないはずだ。
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熱を帯びたエール

竹原ピストルは自身の曲についてこのように語る。

実際はお客さんに向けて書いてるんですけど、向けてない体を取ってるんですよね。本当はみんなに言いたいんですよ。「夢があるんだったら、あきらめずにお互いがんばっていこうぜ」とか「しんどいこともあるけど、くじけず行こうぜ」とか。でも、そういうことを全体に向けて歌うのは身の丈に合ってないというか……。あと、一概には言えないってこともありますからね。夢がなくても、しっかり生活していくことに充実感を覚えてる人だっているわけだから。そう考えると、全員に向けて「こうだ!」って言い切ってしまうのは乱暴なんですよね。

出典:http://natalie.mu/music/pp/takeharapistol/page/3

竹原ピストルの曲は、「お前頑張れよ!」「まだやれる!」と歌を聴く「わたし」に向けて直接はいわない。

「がんばれ、がんばれ」という歌詞がある「東京一年生」。この曲は一見、曲を聴く「わたし」に向け真っすぐに歌っているようである。

しかし、ツアー中、次の会場に向かう中「東京一年生」と思えた楽器を持った若者を見かけるという場面が想定。この若者にむけて静かにエールを送っているのである。

さらに、この「がんばれ」、こんなにもやさしい。

正面から「がんばれ!」ってことではなくて、目を合わせないで小声で「がんばれ」って言ってる感じ

竹原ピストルは、自身のメッセージを歌を聴く「わたし」に直接向けず、別の誰かに向ける。そして

あとはこれを聴いた人にが何か感じてくれたらいい。

と考えている。

きっと、ここに聞くものの心をつかむ要素があるのだと思う。

ダイレクトに「わたし」に訴えかけない。それが故に、決して押しつけがましくない。

ただ、忘れてはいけない。竹原ピストルは「わたし」ではない「誰か」に向けた歌を使うが、その見据える先には確かに「わたし」がいる。

本当はみんなに言いたいんですよ。

というように。

歌詞では直接「お前頑張れ」と言わない。しかし、その詞、曲に熱いエールをのせて、「わたし」に訴えかけているのである。

そして、これを聴いた「わたし」は、竹原が作り上げる世界を通して自分自身のこれまでを振り返る。

「わたし」の体験と竹原の歌が描く場面は必ずしも一致するものではない。

ただ「わたし」の中には同じように乗り越え、今日に至ったという事実がある。

「わたし」はこんなに頑張ってきたんだ。

そして自答する。

「わたし」はあの時、もっとこうできたのでは、と。

竹原自身苦労人。これまで様々な思い積み上げ、今日に至っているはずである。

そんな彼が歌う歌は、「わたし」の努力を、よく頑張ったと褒め、わたしの悩み、反省を「ちっぽけなものだ」と思わせる大きな懐で包む。

さらに、「俺も頑張ってる。俺が頑張れるんだから、お前ももっと頑張れる」と熱を帯びたエールで「わたし」の背中をそっと押す。

そうだ、この熱が竹原ピストルの魅力だ。

わたしはこれを考えるのではなく、素直に感じて受け取っているのだ。

竹原ピストルの歌の力

竹原ピストルの歌は、「わたし」の心にそっと入りこみ、これを聴く「わたし」の描く情景にマッチするかたちの熱いエール届ける。

決して押しつけがましいかたちではなく、今の「わたし」が一番欲しいと思うかたちのエールを。

そしてそのエールに込められた熱は、「わたし」の背中を優しく押す。

すると知らぬ間に、足が一足動いている。竹原の熱をエネルギーにして。