5月4日のミヤネ屋の将棋コーナーに女流棋士の香川愛生さんが出演しました。香川愛生さん、「番長」というニックネームを持ちますが、下のtwitterの写真のように美人!かわいいと評判です。

最年少での第48期新人王戦優勝、連勝記録の更新に挑む藤井聡太四段の活躍で一気に注目を集める日本将棋界ですが、こちらの話題は他に譲り、今回は香川愛生について調べてみたいと思います。

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香川愛生さんのプロフィール

香川 愛生さん読み方は「かがわまなお」です。1993年4月16日生まれ。職業は日本将棋連盟所属の女流棋士です。なんと、先日、日本将棋連盟棋士会長就任して話題となった中村修九段の門下です。

出身は、東京都狛江市。9歳の時に、友人が将棋をしているのを見て興味を持ち、その場でルールを覚えたという天才です。その後、親に直訴して近所の将棋クラブに通い始め、将棋会館にある「将棋道場」に通い詰めるなどののめり込みようを見せ、幼いころから、休日は朝から晩まで対局を重ねる生活をされてきました。

幼いころから将棋の魅力に取りつかれてきた彼女。将棋の魅力をこう語ります。

将棋の魅力は「運の要素が少ないこと」、「自分の決めたことが必ず結果につながります。責任が自分に跳ね返ってくるので、負けた時はすべて自分のせい。だから悔しいし、勝ったらものすごくうれしいんです」

愛称は「番長」。この「番長」命名には、ニコニコ生放送が関係しています。

どうやら番組の視聴者アンケートで選ばれて決定したとのことですが、結果を聴いて「衝撃的でした」とのこと。

この視聴者アンケートは4択式で、選択肢の中には「マナちゃん」などもあったそうなのですが見事?「番長」が選ばれてしまいました。

昔から勝ち気強気だった彼女は、将棋の先輩から「番長」と呼ばれた時期もあったということを、うっかり番組の共演者の方に話してしまい、これを聴いた共演者が、これをネタに視聴者アンケートの選択肢に「番長」を忍ばせたという裏話があっての結果だったようです。

なお、ご家族は香川愛生さんが「番長」と呼ばれることに対して、「それぐらい済んでよかったじゃないの」と考えているそうです。家族も認めるほど、強気な性格をおもちなのでしょうね。

強気な彼女、一方では、飽きっぽい性格でもあるそう。基本的には、何かにはまってもそれほど長続きしないタイプなのだそうです。将棋にのめり込む姿とは正反対ですがどういうことなのでしょうか。

飽きっぽいという彼女ですが、将棋だけは飽きなかった。と語ります。

対局を重ねれば重ねるほど、強くなっている実感があったそうですが、それでも上には上がおり、上が全然見えないという、チャレンジのしがいがある世界が香川愛生さんに将棋を続けさせました。「チャレンジのしがいがあって、頑張れば頑張るほど強くなれるというところ面白い」と語ります。

出身高校は、東京都立神代高等学校。卒業後、立命館大学文学部語コミュニケーション専攻に入学。昨年度末卒業されています。将棋との両立が難しかったそうで、5年かけての卒業でした。

下の写真のようにそのルックスは、清楚(せいそ)でアイドルのよう。将棋の実力に加え、抜群のルックスや絶妙トークで人気があり、将棋のほかにも、アルティメット人狼やゲーム番組など、将棋以外の方面でも活躍されています。

香川愛生さんの将棋人生

女流プロになるまで

中学時代、2005年(第37回)、2006年(第38回)の女流アマ名人戦で2連覇を達成しその実力が世に出ます。第27回(2006年)全国中学生選抜将棋選手権大会(女子の部)でも優勝を飾る早熟の棋士です。その後、2007年4月に女流育成会に入会し、2007年度後期と2008年度前期で昇級点を獲得し、2008年15才という年齢で最年少の女流棋士となりました(女流2級)。

女流プロ入り後

2009年、第3回世田谷花みず木女流オープン戦優勝。2009年第3期マイナビ女子オープン予選を2連勝で突破。これにより、女流1級へ昇級するという成績を残しています。

ただ、女流棋士のトーナメント形式の公式戦は、負けたらその時点で終わりと厳しいもの。プロにはなりましたが思うような結果を出せず、将棋に壁を感じたのがこの時期のようです。この時期を振り返り「途方にくれてしまいました」というコメントが残っています。

悩んだ末、一度女流棋士としての活動を休場することを決め、奨励会という育成機関に戻って修行を積み直すことを選択しました。

奨励会時代

2009年8月奨励会入会試験に挑み、5級を受験し合格します。思い通りの将棋が指せないという彼女でしたが、女性が奨励会5級に合格したのは史上初の快挙でした。ここで、女流棋士と奨励会員の掛け持ちができないという規定により、ここで、女流棋士は休会します。

奨励会は想像以上に厳しい世界だったそうで、努力しても努力してもうまくいかない自分にいら立つばかりだったとのこと。この期間も思うような将棋が指せず、結果も出せないままだったと語ります。2011年2月、高校2年の冬に奨励会を退会。それから高校3年の12月まではどこにも所属せず、一人で気持ちの整理をしていたそうです。

華々しい活躍のみ見聞きするわたしたち。知らないところでは苦しい経験をされていたのですね。

そしてこのスランプを乗り切ります。

「はじめのうちはうまくいかないのは当たり前。次にうまくいくように努力することが大切なんだ」、「いろいろなことに挑戦して失敗して、それを積み重ねて成長していこう」と考えることができるようになってから、また歩みだします。

立命館大学への入学を希望したのは、この一環。立命館大学といえば将棋が盛んな学校。ここで研鑽を積むこと、関西というまったく未知の場所でゼロからスタートすることを決意します。
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女流棋士復帰後

2012年1月1日から女流棋士に復帰されます。2012年4月からは立命館大学への進学に伴い、連盟関西本部に所属を移しました。大学に進学し、女流棋士として活動する中で、将棋への考え方も変わったそうです。

勝てることばかり考える将棋から、「質を重視したプロの将棋」というものを意識するようになったとのこと。関西に移って最初に掲げた目標は「タイトルをとる」ことだったそうですが、意識の変化をともなった努力が見事実を結びます。

2013年、第35期女流王将戦本戦では、トーナメントを制し、自身初のタイトル挑戦を決めました。そして女流二段へ昇段。その後順調に勝ち抜き、自身初のタイトル・女流王将を獲得。この成績により女流三段へ昇段されています。

2014年度第36期女流王将戦でタイトルを防衛しましたが、翌年の2015年度第37期女流王将戦では、挑戦者里見香奈女流名人・女流王位に負けタイトルを失いました。

タイトル失冠後

将棋との卒論との両立が難しかったため、4年で卒業せず、一年余裕を持って卒論に取り組むことにを選択されます。2016年シーズンは卒論を出すだけ、という状況だったとのことで、ここで東京へ戻り2016年4月からは所属を関東に戻しました。

そして2016年度第38期女流王将戦に挑みますが、残念ながらここでは女流王将復位に失敗しています。

香川愛生さんは彼氏がいるのか?恋愛観は?

香川愛生さんに向けられた好きな異性のタイプは?という質問に対する答えが残っていました。気になるその答えは、

「私にないものを持っている人。あとは、好奇心旺盛な人にひかれます。」

というもの。

他に彼氏や恋愛に関する情報がないかと、調べてみますと、将棋界の最高峰 「竜王」を獲得されたことがある糸谷哲郎さんとの噂がありました。糸谷哲郎さんと言えば大阪大学大学院を出られ修士の学位を授与されている異色の棋士です。

私にないものを持っている人、好奇心旺盛な人に合致しているではありませんか!

良く調べてみますと、二人の関係は、ファンや棋士の間でも噂されているものらしく、将棋中継があると二人の関係性がいじられるというのがお決まりのパターンなのだそうで、これはあくまでネタ。

二人の付き合いについては、両者とも否定されているとのことです。

まとめ

今回は、5月4日のミヤネ屋の将棋コーナー女流棋士の香川愛生さんをとりあげ、これまでの将棋人生や恋愛観、彼氏の噂などをしらべてみました。経歴やインタービュー記事などを調べていますと、これは将棋つよいわと思わされる部分がいくつもありました。

取り組みがとにかく真剣です。将棋にかけてきた時間が違います。

今回の記事で、香川愛生さんの強さの秘密の一端やかわいさが伝わりましたら幸いです。